2002/01/10
ファンタジー小説の話2
続きです。
よくありがちな軍事系SFを見るとわかりますが、世界を現代や過去に置き換えてもストーリ的にまったく支障がないものがほとんどです。にも関わらずSFとしているのは作者自身にフィクションとして書けるだけの力量がなかったり、資料が不充分だったりで矛盾が発生することがあった場合の逃げとして、都合の良い超技術を使えるようにするためとしか見えません。実際、そのことはそういった作品を乱発した作者自身が仮想戦記物というジャンルに手を出し、それらの作品が資料不足だったり世界的に矛盾していたりすることで自ら暴露してしまいました。これらの逃げの作品によってSFというジャンルが「フィクションでも出来るけど、矛盾が生じたときに逃げられる作品」ととられるようになり、フィクションよりも軽く見られるようになってしまったのは悲しいことです。しかし、最近はSFというジャンル自体が成熟を迎え、矛盾や都合の良い超技術は叩かれ、けなされるという、「逃げ」のできないジャンルに成りつつあります。これはあらゆるプロットを先に積まなければならず、行き当たりばったりで作ることができなくなったということです。こうなると今までそういった「逃げ」の作品で食ってきた作者達は別の逃げ場を探さなければなりませんでした。彼らが目をつけたのがファンタジーです。ファンタジーの世界であれば、作品の途中で矛盾やどうしょうもない状態に陥ったとき「精霊のしわざ」の一言で片付けてしまったり、「用途不明の物品」に効果を発揮させることができるのです(こういった作品における「用途不明な物品」が初期プロットにあったか無かったかはすぐにわかる。なぜなら、作品中で完結しなかった「用途不明な物品」が大量に発生するからだ)。
そのためにはファンタジーというジャンルがSFという、「逃げを許さない世界」になったジャンルにいたままでは困るわけです。そこで最近はファンタジーを切り離し、SFとは別のジャンルのように見せかけるようにしたのではないでしょうか。


 

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