2001/09/12
盛り塩の話
料亭の店先に塩が盛られているのを見たことがあるでしょう。地方によっては口塩や盛り花と言うこともありますが、一般には盛り塩と呼ばれる風習です。
この盛り塩は客を呼ぶ効果があると言われている一種のまじないですが、この起源にも諸説あります。最も有力視されているのは中国起源説です。西暦300年ごろ、晋の武帝には後宮に三千人もの女性を抱えていたと言われています。もちろんこれは中国の話なので実際には千人にも満たなかったとは思いますが、なんにせよ沢山の女性を囲っていたわけですね。しかし、さすがにそれだけの人数の女性を相手するとなると、毎日一人を相手しても一年で足りません。そこで皇帝は牛車に乗り、最初に牛が留まった場所に住む女性と事に及んだ、と。そこで皇帝の寵愛を得ようと、ある女性が塩を門口に盛るという計略を行いました。牛は塩が好きなため、そこで足を止めます。こうして皇帝の寵愛を受けることができたことから盛り塩という風習が始まったと言うのですが、西暦300年では日本はまだ飛鳥時代にすらなっていません。盛り塩の風習自体は平安時代から始まったとされ、奈良時代には存在しなかった風習なのです。そこで他説を見てみましょう。有力な説が見つかりました。盛り砂が盛り塩に変化した説です。平安時代に貴族は牛車に乗って移動しましたが、この牛車を停めるために車寄せの左右に砂を高く盛りました。これが陰陽道と結びつき、魔を払う効果のある塩を砂の代わりに用いるようになり、これが盛り塩という風習になったというものです。平安という時代の一つのキーワードである牛車と陰陽道の結びつきによって発生したという考え方は非常に納得のいくものだと思います。
さて、この盛り塩の起源の説の中には凄い説もありました。盛り塩が主に京都に残る風習から、妖怪ぬらりひょん起源説です。ぬらりひょんというのは何をしているのかよくわからない妖怪ですが、妖怪の親玉ということになっています。そしてぬらりひょんは実はなめくじの妖怪なんですね。なめくじの妖怪避けに塩を盛る・・・。危ない危ない、納得してしまうところでした・・・。


 

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