2001/03/18
机上戦略論(補習)2
昨日の続きです。
戦略的勝利を得るために情報がいかに重要かは言うまでもないでしょう。相手の総合的な戦力、自分の総合的な戦力を知らずして戦略を立てることはできません。それを知るために必要なのは情報です。そして前回挙げた二つの奇襲戦はどちらも情報で優位にたっていたからこそ成功させることができた戦いなのです。まずは厳島の戦いから説明しましょう。この戦においては毛利側が積極的に偽の情報を流して相手に自分の戦力を過小に誤認識させたり、逆に相手の行動を操作するために離間策を行ったりとかなりうまく情報を操作していました。そして勝てるという見込みが出てから出陣し、実際に勝ったのです。対して桶狭間の戦いは信長公記(しんちょうこうき)を読むとたまたま桶狭間にいたのをたまたま討ち取ったようなイメージがありますが、実際には事前に今川方の動向をきちんと把握しており、また桶狭間山(信長公記の記述を読む限り相手は平地ではなく山にいた)に釘付けにすべく間者を放ったりしています。また、たしかに接近するまでは隠密行動を行っていましたが、近づいてからはひたすら直進しています。講談のように敵前大迂回で時間を浪費するような愚かな真似はしていません。つまりこれは厳密には奇襲ではありません。最近の学説ではそこに今川がいるとは知らずに攻撃したのではないか(三河物語より)というのもありますが、その後の論功行賞から考えて今川がいることは知っていたとみてよいでしょう。陶の場合は前段階で狭い島に二万もの兵を上げてしまった時点でもはやどうしょうもありませんが、桶狭間の場合は今川が斥候でも出していれば奇襲は成り立たなかった(おそらく織田も相手が斥候を出していることを知っていれば攻撃しなかった)わけで明らかに情報を軽視したための敗北と言えます。
もちろん、奇襲戦は当然としてそれ以外でもあらゆる戦闘において戦術的な勝利をおさめるためには情報戦略は必要です。私の愛読書である「孫子」の「彼を知り己を知れば百戦危うからず」をわざわざ挙げなくともそのことは実感できるでしょう。


 

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